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「ないがしろにされている」教えへの道案内(Ⅰコリント11章)

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An Introduction to a Neglected Doctrine

祈りのベール(かぶり物)というのは、受けのいい教えではありません。実際、この教えはかなりないがしろにされています。では、私はどうして、この教えに基づいた運動を始めたのでしょうか。私は論争好きなのでしょうか。いいえ、まったくそんなことはありません。分派を起こそうともくろんでいるのでしょうか。いいえ、それもまったく違います。それでは、なぜ私はこんな事を始めることにしたのでしょうか。

 

端的に答えを言います。それはこの教えが聖書に書いてあるからです。もしも「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。(Ⅱテモテ3:16)というのがまことに然りならば、聖書はすべて、公平な取り扱いを受けるに値します。

 

それだけでなく、この主題は、聖書の中で言及されているだけでなく、「擁護」されてもいるのです。これは一、二の不明瞭な聖句ではなく、十五節にも渡る連続した聖句なのです。

 

ここの聖句でパウロが意味していたことについて議論することもできますし、この聖句が21世紀にいかに適用されるかということについて議論することもできましょう。しかし、ただ一つ「この主題を無視し去る」――これだけはできないことです。 Read more

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